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『アッチむいて恋』 レビュー。

アッチむいて恋

※ネタバレ注意


 主人公が女装をしている作品は数多くあります。本作「アッチむいて恋」もその一つ。ただ、女装主人公作品に何を求めているかによっては不満が出そうですね。

 女装主人公作品では、主人公の男の娘的なかわいさを前面に押し出す作品が多くあります。 これは“女性的なビジュアル”と“女性的魅力”を兼ね備えた主人公が、“男性的な力強さ”で物語の要所を牽引、もしくは、女装主人公に惚れたヒロインが、同性愛に戸惑う姿を描け、これ自体が物語になりやすいからだと思います。

 ところが、この作品、本編で主人公の女性的な魅力、なんてものはあまり描かれません。かぐやルートでコスプレした主人公のビジュアルを出し、他のルートでもエロシーンで主人公の全体像を出しはするものの、女装はしていても彼の心情の描かれ方が男らしい物なため、あんまり彼のかわいさなんてものもない。また、ヒロインが恋をするのは女装をした主人公真恵ではなく、浩二。女だと思い込んでいる相手に惚れ、同性愛に戸惑うヒロインなどは描かれないことがわかります。

 この作品の女装設定は、ヒロインの二面性を見せるためというか、彼女たちの本音と建て前を見せるためにあります。つまりは、存分にヒロインの素の一面を見せられる。それも、視点変更を用いて、ではなくて、あくまでも主人公の視点で語るから、主人公の認識とユーザーの認識がズレない(よーするに、主人公視点のまま参加できる女子会が楽しいってことです)。

 例えば、朱は寮での姿を見せなければ、ただの理不尽暴力ヒロインでしかない。美奈子は寮での姿を見せることで裏表なしの天然なヒロインと思える。優由は寮での姿を見ているからこそ、そのアホっぷりが強調・・・コメディ色を強く出来る。

 ヒロインの苦労などを、視点変更で済ませると、主人公は認識していないのに、プレイヤーは認識している・・・こういった齟齬を生み出すのですが、この作品は真恵視点でそのヒロインの苦労を見ることになる。だから、この作品はプレイヤーと主人公の間に認識の齟齬は生じない。ヒロインの裏を把握しつつ、主人公との一体化を果たせるのです。

 「あるわよー!あたしのオナニー歴知ってんのかこのバカタレ~!!!!!!!!」(---アッチむいて恋.織葉 朱)

 素の一面は何もヒロインのかわいさを見せるだけではなく、彼女たちの汚れっぷりも見せます。ようするにこの作品は、基本的にヒロインのその汚れで笑いを取っている作品でもあり、共通ルートのそのコメディ色の強い掛け合いも魅力の一つです。

 ただ、このメーカーの最近の作品・・・「恋愛0キロメートル」、「ひとつ飛ばし恋愛」にも言えることだと思うのですが、コメディ色が強めの作品であるのに、個別シナリオではそれが薄くなります。この個別シナリオで、コメディ色が薄まり、共通と個別に温度差が生まれること自体に対しての批判は・・・正直、結構多いです。

 勿論、この作品は純愛物のエロゲである以上、最終的には恋愛に発展させなくてはならない。普遍的な“萌え”を抱かせるために、個別シナリオでは、そのヒロインのかわいさを全面に押し出すことになり、汚さはあまり描かれなくなります。結果として、コメディ色が薄くなり、個別シナリオと共通の温度差が出てしまうのです。

 個人的には、何故、個別シナリオをこうやって描くのか?の理由はこんなものだろうと思っていたのですが、実際にはこれ以外にも理由があったのですね。その理由は、本編優由ルートで、浩二とメテオがハッキリと語っています。恋愛をするにおいて、二重生活という環境に対し、主人公は「全くフェアじゃない」と言い、その後、主人公が優由の気持ちがわからなくなって、初めて彼はメテオに「ようやくフェアになりましたね」と言われるのです。

 「相手が何を考え、どんな行動を起こすか。自分の事をどう思っているのか、好かれる為に何をすべきか。普通恋愛は、そういうものをお互い探り合い、ビクビクしながら徐々に相手との距離を縮めていき、その距離がなくなって初めて恋人同士になれる」(---アッチむいて恋.干支名 真恵)

 つまり、製作者が信じる「正しい恋愛」の形とは、“ヒロインと主人公が対等の関係”で結ばれることです。そう考えてみると、どのルートも主人公、もしくはヒロインなりの“ケジメ”を付け、ヒロインと主人公が対等になるまでを描いているのがわかるかと思います。女装がバレていない優由、美奈子、朱は、主人公の女装がバレ、そこから対等になるまでを描くのは当然なんですが、元から主人公が女装をしていることを知っているルナ、かぐやルートでも、そのケジメを付ける展開を盛り込んでいるのが面白いです。

 実妹であるルナルートは、近親姦を描くことになりますが、ルナはゲーム開始時から主人公に惚れている状態であり、彼女にとって実兄に対する恋慕への葛藤はもう過ぎ去っているもの。だから、このシナリオは、描写の大部分を主人公が近親姦に対する葛藤を描き、そして彼がルナに惚れる・・・葛藤を乗り越える姿を描く必要があった。

 かぐやルートはケジメを付けるのは主人公ではなく、ヒロイン。真恵に亡き妹を求め、その延長線上でしかない関係は、利用した罪悪感が募るだけになってしまった。そのために、一度、関係を壊す必要があった。

 製作者が信じる「正しい恋愛」の形。それは、共通と個別の温度差が出ようとも、どのルートも絶対に曲げないほど、こだわった物というわけです。どうやら、共通と個別で提供する物が変わっただけで、「AsaProject」の作品を「共通のコメディが面白いだけで、個別がつまらない」と評すのは早計なのかなと思えてきました。


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